その日、大学で走らせたミニ四駆は持ち帰る頃にはボロボロだった。
ぼくもそろそろ30手前になり人としてなんとなく落ち着いてきたと思う。今思いっきり無職ではあるが。
年を取るといろいろ思い出すのが本当に難しくなってきていて昔の楽しかった思い出などは、他の人から酒の席などで聞いてそういえばそんなこともあったねと笑いあうくらいで自分から思い出すのは厳しくなっている。ていうか、君たちよくそんなに覚えているねと言った感じだ。
一つ学生時代の思い出話で印象的だった思い出がある。
僕は学生時代、カードゲームにはまっていた。授業が終わってバイトがない日はカードショップなどにいって友達や知り合いの常連さんなどと一緒に遊んでいた。
その日は、日差しの暑いまさに夏といった日で土曜日だった。大学は土曜日休みでその日はバイトもなかった。当時中野のカードショップでよく集まっていた友達にTさんがいた。彼は別に寺生まれでもなんでもなかったが大学が中野にあり、ゲームも上手で人望もあり裏表のない素敵な人だった。
その日は彼と前日から待ち合わせをして遊ぶ約束をしていた。彼は午前中は授業があるとのことだったので、午後からの約束だった。
とりあえず暇だったぼくは早めに中野へ向かった。誰かしらいると思ったし中野は時間を潰すには事欠かない駅だった。飯を食うところも、ゲーセンもある。なにより中野はサブカルのメッカ。中野ブロードウェイがある。当時からおたくの街といえばアキバだったが中野はアキバよりコアでニッチなお店がずらりと揃っていた。萌え系に限らず、特撮、原画、ヨーヨーなどマニアが集めそうなものは大体揃っている感じだった。
まずカードショップに向かったがさすが休日。めちゃくちゃ混んでいる。取り扱っているカードゲームは多岐にわたり、また店内もそれほど広いわけではないので週末は大会ラッシュでとてもではないが座って息をつけるような場所ではなかった。
こりゃ普通に座って遊ぶのは厳しいかもしれん。そう思った。毎週のことなのだから学習しろよという話ではあるが。
そんなこんなで、ブロードウェイへ向かった。いつものルーティーンで個人商店に展示されているちょっとエッチなフィギアのパンツを覗いたり、かっこいいポーズで組まれているガンプラを横目で冷やかしつつ、ブロードウェイの中のカードショップで値段をチェックして、最後におもちゃ屋に入った。その頃には滝のように吹き出していた大粒の汗も引いていき、熱で奪われた体力も若干回復していた。
ここで運命的な出会いを果たす。
こいつだ。
https://www.tamiya.com/japan/products/18636/index.html
名をヒートエッジ。こいつはミニ四駆の中でもPROシリーズのマシンでダブルシャフトモーターという通常のモーターとは異なるものを搭載している。通常のミニ四駆のモーターはモーターから軸が一つだけ出ておりその先のギアがモーターの動力をマシン全体に伝える仕組みになっている。対して、ダブルシャフトモーターは軸が前後で出ており、一つのモーターから二つのギアが出ている。そのギアをそれぞれフロントとリアのタイヤにつながるシャフトにつないでモーターの動力を伝えているのだ。
べつにぼくはミニ四駆が好きなわけではない。ただ当時はちょっと面白そうだなと思い、詳しい友達に話を聞いてみたりしていて最初の一台を探していた。もしかしたら新しい趣味になるかもしれないと思ってた。
赤い流線型のフォルムがかっこよく思えたし、子供だったころのマシンよりも大幅にパワーアップしているのも惹かれた。
こいつを最初のマシンにしよう。
そう思って会計を済ませた。
買ったらすぐに組み立てたくなる性分なのだ。
どこかお店に入って組み立てようかとも思ったが、完全に変人である。
大学生のいい大人が、公共の場でミニ四駆を組み立てるのはなんというか情けない。
ということで友達の大学で組み立てることにした。まあ理系やし大丈夫やろ。
たいていの大学には休憩スペースがある。大学というのは案外自由な場所で他大学からはいっても案外ばれないものもといインカレッジサークルなるものがあるのだ。
学食を一般開放しているところも多いしね。
そんなわけで友達を待ちながらミニ四駆を組み立てていた。ミニ四駆のすごいところは特別に道具を使わなくても組み立てられるところだ。ドライバーもなにも使わずに手作業で走る状態まで組み上げることができる。
土曜日なので学生は少なかった。
組みあがる直前で声をかけられる。
「よう」
Tさんだった。
Tさんはきた瞬間爆笑していた。
「何組み立ててんだよww」
「ミニ四駆や!」
まあ当然のツッコミである。
「すげー、走らせようぜ笑」
一瞬こいつ頭わいてんのかと思った。
でもぼくは想像してしまったんだ。
ぼくのマシンがこの大学で最速で動く物体になる光景を。
大学最速のマシン、それが俺のマシン。すげーかっこいいじゃんか。
「やるか」
「あとちょっとで組みあがるからちょっと待ってろ」
数分後、ぼくの手の中には間違いなくこの大学最速のマシンが握られていた。
**********
「しまった・・・」
大きな問題が発生した。
そう、電池は別売りである。
しょうがないので、増援を読んだ。
「今大学にいるんだけど、ファミチキと電池買ってきてくれ」
近くに住んでる友達のKくんを電話でよんだ。
「なんで電池?」
と聞かれたが、それは「来ればわかる」と返した。
「ミニ四駆wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
K君は死にかけてた。
死因:ミニ四駆
ダサすぎる。
問題はどこで走らすかである。
ばれにくそうなところで走らせるのが健常者の、常識的な人間の発想だ。
だがこの場には天才しかいなかった。
一番長い直線はどこだぁああああああああああああああ!!!!
奇しくもたった今、組み立てたこの場所。学生どもがたむろしている休憩スペースの廊下だった。説明すると廊下の両脇に休憩の机や椅子が設置されており、学生は5組程度しかいない。おそらくサークル活動やアベックども、ボードゲームなどに興じている面々で勉強しているものはいなさそうだ。
べつに遊んでいるやつらの横(正確にはど真ん中だが)で遊ぶ分には問題ない。あとアベックは爆発しろ。
走るコースは決まった。
マシンに命を吹き込む(電池を入れる)。
スタートに立ち、いよいよ出走だ!
胸が高鳴る。
これが俺たちの青春なんだったんだ。
ギュインギュインギュインギュインギュインギュルルルルルルルッッッ!!!!!!!!!!!!!!
音うるさっ!!!!!
一斉にこちらを振り向く学生ども。
一瞬やめようかと思ったが、もう手はマシンを無意識に放り投げていた。
接地、瞬間、爆速
おそらく俺たちを覗いて誰も状況を理解できてなかっただろう。なぜなら、大学の廊下をミニ四駆が走ることは通常ない。ミニ四駆はコースを走るものだからである。視認できたものですら状況を理解できず、そもそもマシンのあまりの早さにその姿を捉えるここすら難しかったかもしれない。
これだ。ぼくたちが求めていた非日常はここにあったんだ。言い知れぬ高揚感に胸の鼓動は早くなり、脳内麻薬が駆け巡っていた。
ミニ四駆は壁に到達すると、ガンッと音を立てて角度を変え、暴れ始めた。キャッチャー不在だったためみんなで走って急いで回収して逃げるようにその場を全速力で去った。
**********
大学をでて直下にあるでかい公園でぼくたちは笑いあった。
何かが吹っ切れたんだ。このミニ四駆は、マシンは、僕たちの何かを吹っ切ってくれたんだ。
そのあと野外でミニ四駆を走らせながら、
「いつか公道を走らせて見たい」だの
「その辺の車より絶対早い」だの
「でもそれ法律違反じゃね?」だの
ばかな話で盛り上がった。
当然じゃりみちだし、いろんなところにぶつかるし、マシンはボロボロになった。でもそんなのは気にならなかった。
帰り道、ボロボロのミニ四駆片手に帰った。
結局そのミニ四駆を走らせたのはその1日だけだったが、それでよかったんだと思う。
あとにも先にもぼくのミニ四レーサー人生はこの日1日だけ。
ぼくの最初のマシンで最後のマシン。
ヒートエッジ、ありがとう。
ぼくはミニ四駆を見るたびに君を思い出す。
おそらく一生忘れない。
あの大学最速のミニ四駆を。
終
この話はフィクションです。